生きる意味・価値について

このピアノの旋律が私を許してくれる・・・。少女は救われたのだ。

映画療法をという言葉がある。アメリカにて、精神障害を和らげるために映画が有効ではないかという試みである。 映画が与えるカタルシスが良い影響を与えるのではないかという仮説に基づく。

読書療法という、自分の心の傷を癒す自分に合った本を読書することによって精神負担を減らす治療はエビデンスがあるのだが、映画療法はまだ具体的な臨床研究はなされていない。しかし、私の周りには映画を見て心の苦しみが和らいだという知り合いが多い。

論理は恐らく、苦しみや精神的空白を”物語り”が補完するからに他ならない。

これは精神的空白を補完できるなら、どのような媒体でも療法として成立するだろう。

精神安定剤と同じで行き過ぎれば簡単に依存症になってしまう可能性もあるが、

ベクトルを少し変えれば前向きな人生を送ることができるだろう。

今回deemoというゲームだが、これは深い心の傷を少しずつ癒してくれる作品である。

精神傷病者全員に刺さる訳ではないが、大切な人を亡くした比較的ゲームが好きで音楽が好きなら苦しみを軽減できるかもしれない。

精神科医は一律ゲームを規制するのではなくて、もっと有用性に声を傾けるべきでる。

読書だって、共産革命や自殺を進めるような本、ナチスの我が闘争など禁書はあれど、本は如何なるものでも有益である。読むのは悪い本を表す熟語は日本語にはない。

あくまでもルール作りと有用性の問題であって、それを行う機関と正当性を担保されなければ、ただ有益かもしれない文化を一つ消し去るだけである。

なにが言いたいのかというと、優劣と低俗は文化には通用しない。人間の人格形成を援助する可能性が有意義にあるということだ。

とても素晴らしい作品なので是非どうぞ。

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