あの東日本大震災から来月で14年が経ちます。
あの震災以降今までもとてもつらい日々を過ごされた方がいっぱいいるかと存じます。
家族のご不幸や仕事を失った方もいます。
でも、その苦しみから諦めず生きてきたからこそ来月の令和七年 東日本大震災追悼がその人達の意味として行われるという事を忘れません。
あの日は、春の3月なのに肌寒い日でした。
私は、当時関東に住んでいましたがやはりこちらもかなり揺れ動き学校も最後の時間で休校。
空の曇り模様がとても怖かったし、自分自身も虚ろな目をしていたかも知れません。
自分は2年後に当時小学生でしたが現地に行き、瓦礫の山と片付いて真っ平らに更地になった場所とと、それと対比するように奇跡の一本松が立っているのをみました。
それを見て、事の本当に重みが解りました。
テレビでは、気丈に振る舞う方も沢山放送されていました、苦しむ方も同じくいました。
復興をけっぱる人達や復興から少し離れて家族の事自分の食い扶持を一生懸命頑張った人達もいます。
本当に苦しかったと思います。
ただ、14年経ちました。
年の重みというか、風化させるという意味では有りません。
決してそれだけは違います。
15年目の春が来るとのお伝えがしたいのです。
震災から数えて15年目、しかし、震災を乗り越えて15年目になったのです。
東北の野菜はとても美味しいし、きゅうりやキャベツにいちごにずんだ餅。
東北の日本人がなければ、私たち日本人は決して美味しい食べ物を食べられない。
全てが復興した訳では無いけど、東北新幹線や東北道は復旧して日本最高速道になったし三陸鉄道は復興前より総延長の長い路線になりました。正確には第三セクター最長路線を持つ三陸鉄道株式会社でしょうか。
まだ、原発の問題は全く解決はしていませんが、特急ひたちも再び東京駅から仙台駅まで繋がりました。
実はこの東北道は人を震災前よりも通行密度と移動者が増えています。
何より、子供も震災で亡くなられた人以上に産まれています。
比べるのを恥知らずと罵られてもコメントに書いて頂きましても構いません。全て表示コメントに上げて一生消しません。
ただ、自分が言いたいのは、震災で亡くなられた人の命を風化させたいのではなく同じく体験した家族や子孫が、新たな命を紡いでいるという事を書きたいだけです。
これは決して自分は震災被害者を侮辱する意味が決してないと思っているので書きます。
人が、生きて行くから、人が産まれていくから、決して苦しみのままでは終わらないから今の14年が、今を生きている人が15年目の追悼という亡くなられた方への思いを伝える意味としてあると決して自分は思っています。
私は、昔に、震災前に東北人という日本人が、ある東北の方が私に、『けっぱれ!!』と応援してくれた事を忘れません。
何クソ、けっぱる!!
その精神で生きてきました。
今考えてみると、現在でもあの、この世界で最も規模の大きい地震を、体験した人に応援された事を考えて今の自分が恥ずかしくなる位ですが、ただ、何クソ、けっぱる!!の精神を教えて頂けた感謝は一生忘れる事は無いでしょう。
こちらは震災当時の写真を取り扱っている動画になりますので、もし見られないという方は体調を鑑みてお控え下さい。